「Wind麻雀大戦〜まこちゃん争奪激闘編〜」


「何をするかて? 決まっとるやないか、麻雀や、まあじゃん!!」

 長閑な日曜の午後、紫光院邸の居間に響き渡るエセ関西弁。

 つまりはそれが、真たちがそこに集められた理由であった。



 話を戻そう。

 勤がイベントを企画したらしく、週末の昼に紫光院の家に集合ということになった。

 集まったメンバーは、丘野真、丘野ひなた、鳴風みなも、月代彩、それに家の人間である紫光院霞と、イベント企画者の橘勤である。藤宮姉妹は急な用事が入ったため、不参加と相成った。

 彩は最初断っていたが、真が来ると知って参加を決め込んだらしい。

 勤が紫光院の家を会場に選んだのは、単に麻雀牌を持っているのが彼女しかいなかったからに尽きる。おまけに高価な象牙製なので、持ち出すわけにもいかない。

 かくして、冒頭に到る。



 ぽかんと居並ぶ面々。

「ごめんね、このバカがどうしてもって聞かないから……」

 両手を合わせて謝る霞に、真たちは苦笑するばかりだ。

「でもひなた、麻雀なんてやったことないよっ?」

「気合や! これを読んで今すぐ覚えるんや、基本さえ理解したら後はぶっつけ本番でも何とかなるっ」

「う、うにゅ!」

 メラメラと目に炎を燃やす勤に圧倒されたか、ひなたは手渡された「井出○介の東大麻雀入門書」を黙読し始めた。

 橘くん、渋いチョイスだね――みなもがぼそっと呟く。

「それで、レートは?」

 抑揚に乏しい声で質問を切り出したのは、誰あろう月代彩だ。

「やはり基本どころでピンのワンツーですか?」

 淡々とした態度にたじろぐ面々。みなもが不安そうに瞳をきょろきょろさせる。

「お金、かけるの……?」

「えーっ、ひなたお財布残り少ないんだよっ!」

「お前なに無駄使いしてるんだ」

「うにゅっ!」

 ひなたの頭にチョップして、真は彩の方を向いた。

「彩ちゃん、別にお金なんてかけなくても……」

「何をとぼけた事を言っているんですか。鉄火場を何だと思っているんです? お金をかけない麻雀なんて、とんだ茶番です」

 いつから私の家は鉄火場になったのよ――霞は思った。

 そのとき、真が声を荒げた。

「彩ちゃん、君は間違ってる!」

 いきなり何を言い出すのか。

「私の何が間違っているというんです」

「君はただ逃げているだけじゃないか。麻雀はお金を賭けないと面白くないなんて思い込んで、本当の楽しさに目を向けずに!」

「……っ!」

「そんなだから○学生と間違えられるんだ!」

「な……ちょっと待ってください、麻雀と私の容姿とどう関係あるんですか!」

 見当違いの方向に食って掛かる彩。話が脱線しかけたところで、勤が仲裁に入った。

「まあまあ、わいに抜かりはない。残念ながらお金はかけられへんけど、特別ルールがあるんや」

 得意げにちっちっちっ、と指を振る勤。

 派手なオーバーアクションで両手を広げ、バックに不思議空間をキラキラと発生させるその様は、惑星ΩのQ王子のようだ。

「ズバリ! トップを取ったもんが、最下位のやつに何でもひとつだけお願いを聞いてもらえるっちゅうルールや〜♪」

「えーーーーーっ!?」

 一斉に上がるどよめき(彩除く)

「さあ、みなもちゃん、ひなたちゃん、彩ちゃん、わいと一緒に麻雀勝負始めよか〜」

 しかもメンツ決まってるっぽいです。

「ええと、急にそんなこと言われても……」

 困ったようにみなも。

「結構です」

 即答の彩。

「んんー、ひなたは、ひなたはね」

 うにゅう。

「しょうがないわね……とりあえず私が――」

 見かねた霞が参加意思を表明しようとしたときだった。

 まてや紫光院――待ったをかける勤。

「なに眠たいこと言うとるんや」<ミナミの帝王

「はあ?」

「アホなこと言うな! もしお前が入ってトップ取ってわいが最下位なんてことになったらどないすんねん! 考えただけでおっそろしいわ……はっ、まさか紫光院、それが狙いか!? なんちゅうやっちゃ……わい殺されるで」

「…………」

 べらべらとまくし立てる勤は、無言の紫光院の変化に気付かない。

 それはまるで「僕」のせつらが「私」のせつらに変わったような――

「お、おい勤」

 真の動作は「志村、後ろ後ろ」を正確にトレースしていた。

 勤が我に返って振り向いたとき、全ては遅かった。

 蛇に睨まれた蛙のように硬直する勤。

「し、紫光院、落ち着け、落ち着くんや……」

「私と会ってしまったわね」

「いつも学園で会っとるやない――ぐぼぉぉぉぉっ!!!」

 それでも地球は回っているんだ!



「勤が参加できなくなったから、代わりに丘野君お願いね」

「あ、ああ」

 ボロ雑巾になって横たわる悪友から目をそらして、真は席につく。

 隣ではひなたが入門書を読みながら、うにゅうにゃ奇声を発していた。

「それであとは……って、ええっ!?」

 霞が驚くのも無理はない。いつの間にかみなもと彩も席についていたのだ。

「え、と……鳴風さん、月代さん?」

「うん。せっかく橘くんが企画してくれたのに悪いと思って」

「暇潰しにはちょうどいいですね」

 ダウトは大嘘つきという意味。何故かそんな知識が霞の頭をよぎった。

 まあ、これでメンツは揃ったという事だ。

 それじゃあと、霞は別室から何かを引っ張り出してきた。

 みなもが歓声を上げる。

「すごい、全自動麻雀卓だよ〜」

「ぶっつけ本番だと山を積むのが大変だろうと思って」

 納得の視線がひなたに集中。

 雀卓に席を移り終えたみなもに霞が眼鏡越しの眼差しを向けた。

「ところで鳴風さん、麻雀できたのね」

「うん、昔お父さんにちょっとね……パロディだからいいんだよ」

 みなもの後半のセリフはかなりきわどかった。

 入門書を傍らに置き、ひなたが元気良くガッツポーズを作ってのけた。

「とりあえず基本は覚えたよっ。役はまだよく分からないけど……とにかくトップを取って、スイカを奢ってもらって一緒に食べるんだよっ♪」

 どうやらそれが、ひなたが勝ったときのお願い事らしい。

 無邪気な笑顔に柔らかな空気が流れる。

「みなもと彩ちゃんは勝ったら何をお願いするんだ?」

「……それは、まだ言えないよ〜」

「勝ったときのお楽しみですね」

 二人の微笑に、真の背中に言い知れぬ悪寒が走った。

「彩ちゃん、私負けないよ」

「望むところです、みなもさん」

 一瞬、真とひなたと霞の顔が引きつった。

 それは、みなもと彩の目にバチッと火花が走ったように見えたからか。

 二人の少女のバックには、竜虎が相打っていたのだった――



 半荘一本勝負 25000点持ち アリアリルール 

 ぶっ飛びなし ノーテン親流れ


 一二三四五六七八九 マンズ

 @ABCDEFGH ピンズ

 123456789 ソーズ



「東一局」

 東家 みなも 南家 ひなた 西家 彩 北家 真 ドラ「一」

「ひなた、麻雀牌見るのも触るのも初めてだよーっ」

 喜々としてはしゃぐひなた。入門書片手に恐る恐るツモって牌を切ってゆく。

「わあ、私……象牙牌で打つの初めてだよ」

 うっとりしながら盲牌の感触を味わうみなも。

 思わずトリップしそうになるのを、霞がジト汗で注意する始末だ。

 真は普通に、彩は淡々と、それぞれ牌を打つ。

 ――九順目。

 みなも、「H」 ひなた、「二」 彩、「北」

 そして、真が「二」を切ったとき、下家からロンの声が上がった。

 一三@AB123八八八西西

「三色ドラ1、3900(ザンク)」

「彩ちゃん、初アガリおめでとうだよーっ♪」

「……えっ」

 千点棒四本を渡して百点棒一本の釣りをもらいながら、真は首を傾げた。

 彩ちゃん、確かツモ切りだったような――

「どうしました、真さん」

「あ、ああ、なんでもない」

 とりあえず気のせいだと思うことにした。



「東二局」

 東家 ひなた 南家 彩 西家 真 北家 みなも ドラ「G」

 ――十順目。

 みなも、「二 」ひなた、「1 」彩、「H 」真、「4」

「真さん、ロンです。2000点」

「あいたた……またダマテンか」

 一二三@AB23FGH六六

「ええっ?」

 思わず声を上げる真。今度も彩はツモ切りだった。

「あの、彩ちゃん……俺、何か彩ちゃんに嫌われるようなことしたかな」

「別に覚えはありませんが、気のせいじゃないですか?」

 涼しい顔で返事する彩。真もそう言われてしまってはそれ以上何も言えなかった。

 まだルールを飲み込めていないひなただけが、不思議そうに二人を交互に見つめている。

「……」

 みなもが何か言いたげに彩を凝視していたが、その唇から言葉が発せられる事はなかった。



「東三局」

 東家 彩 南家 真 西家 みなも 北家 ひなた ドラ「西」

 ――十二順目。

「まこちゃん、リーチだよ」

 何故か真の名前を呼んで頬を赤らめ、みなもがリーチをかけた。

 みなもの捨て牌には索子の姿が殆ど見えない。

 えらく分かりやすいなあ――

 苦笑する真だが、これがひっかけだという可能性もある。だがもし捨て牌どおりだと、振り込んだら大きいことは間違いない。真は索子を止めることにした。

 ――流局。

 みなも以外ノーテン。そしてみなもの待ちはやはり索子で、チンイツだった。

 当たり牌もあり、止めて正解だったと胸を撫で下ろす真。

 と、みなもが真の手牌を見て、ぷるぷると震えだした。

「まこちゃん!!」

 突然ドンと卓上に両手を叩きつけて叫ぶみなも。

 彩を除く三人、とりわけ名指しされた真が唖然として驚いた。

「どうして振ってくれなかったの!?」

「は、はあ?」

「まこちゃん、あのリーチは私の精一杯のアプローチだったんだよ!? まこちゃんが振りやすいように、捨て牌だって分かりやすくしたのに……どうして私の気持ち(待ち牌)に応えて(振り込んで)くれなかったの!」

「お、落ち着けよみなも。お前言ってること滅茶苦茶だぞ?」

「なによ、彩ちゃんにはホイホイ振り込んでたのに! まこちゃんはあんなつるぺたのほうがいいって言うの? ねえ、教えてよまこちゃん、まこちゃんにとって私って何なの? 単なる麻雀仲間なの? ねえ――」

 真の胸倉を掴んで問い詰めるみなも。そのとき、彩がくすくすと嘲笑するように言った。

「見苦しいですよ、みなもさん。しつこい女は嫌われますよ?」

「なんですってぇぇぇぇぇ! この泥棒猫ぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!!!」

 ものすごいゴルァ顔でみなもは彩に吼えた。

「彩ちゃん、火に油を注ぐようなこと言わないでくれ……」

「みなもお姉ちゃんの「力」の場合、風に火を注ぐ――だよねっ」

 お粗末。



「東四局」

 東家 真 南家 みなも 西家 ひなた 北家 彩 ドラ「四」

 ――十順目。

 ひなたが「九」を切ったとき、対面から勢いよくロンの声が上がった。

 真が手牌を倒す。

 一二二三三四六六六九 八八八←ポン
 
「ふう、やっとあがれたな」

「18000(インパチ)……」

 刹那――

 がしゃーーーーーーーーーっ!!

 北家から山が崩れ、散らばった牌という牌が他の山と真の手牌を巻き込み、ぐしゃぐしゃに混ざり合った。

 それはまるで雪崩であり濁流。

 一同が呆気に取られる中、張本人が悪びれた風もなく言った。

「すみません、手が滑ってしまいました」

「ひ、彩ちゃん……」

「私のチョンボですね。みなもさんとひなたさんに2000点、真さんに4000点を支払います」

 何事も無かったように点棒を取り出す彩を、慌てて手で制す真。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。俺のハネ満はどうなるんだ」

「そうよ月代さん、アガリ大原則って知ってるわよね」

 基本的に麻雀において和了は何よりも最優先される。

 だが彩は取り乱すことなく、冷静に顔ぶれを見回した。

「では真さん以外に彼の手役を証明できる人はいますか? 私は見ていませんから」

 ひなたと霞が口篭もる。何しろぱっと見た次の瞬間にはぐしゃぐしゃになっていたので、あまりよく覚えていなかった。みなもも「分からない」と困り顔で返答した。

「まて、みなも。お前さっきインパチって言わなかったか!?」

「えっ……そ、それは……ええと。あ、アレの事だよ! いいはちだなぁって思ったの!」

 しどろもどろで居間の片隅に置かれている陶器を指差す。

 ごめんね、これも私とまこちゃんのためなの――みなもは心の中で勝手に納得した。

「……鳴風さん、あれは「鉢」じゃなくて「壺」よ」

「あっ、そうなんだ。あはは、うっかりさんだね私」

「それに、それほどいいものでもないわ」

「そうですね。私の見る限り、決して安物ではありませんが、値打ち物というわけでもありません」

「……」

 わざとらしいチョンボしたやつが勝手な事言ってんじゃねーっ、と霞は思った。

 せっかくの親っパネだったのになぁ――真は溜息をついた。

 結局、一本場でひなたが500・1000(ゴットー)をツモ上がり、東場は終了したのだった。



「南一局」

 東家 彩 南家 真 西家 みなも 北家 ひなた ドラ「D」

 ――八順目。彩の手牌。

 東東南北白発中一九@H19

 この順目での国士無双テンパイ。捨て牌も不要な公九牌でカモフラージュ済みだ。

 平静を装いながらも、彩の鼓動はどくどくと高まっていた。

 何故ならこれを真から和了れば、勝負はついたも同然だからである。

 問題は当たり牌の「西」がまだ一枚も河に出ていないことだが、三元牌でも場風牌でもないので、十分可能性はある。

 ところがその数順後。

「カンだよ」

 こともあろうに、みなもが「西」を暗槓してのけた。

「ままま、まって!!」

 飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになりながら、待ったをかける彩。

 きょとんとした注目が集まっている内に、彩は高速で思考を回転させた。

 国士無双は当たり牌が暗槓されても和了できる唯一の役にして、役満。

 ロンすればトップ確定だが、みなもが最下位になってしまっては意味が無い。

「……いえ、なんでもありません」

 彩は泣く泣く見逃す事にした。

「ツモ! リンシャン、役牌、ドラ2」

 運良くリンシャンでツモったみなもが歓声を上げる。それを横目で見ながら彩は『我慢するときには、我慢するのも生き方のはずです。より大きな成功のためには』と、どこぞのジェリドさんのようなことを思った。



「南二局」

 東家 ひなた 南家 彩 西家 真 北家 みなも ドラ「8」

 真に上家と下家から同時に「ロン」の声が。

「5800(ゴッパ)だよ、まこちゃん」

「12000点です」

「頭ハネは……ないよなぁ」

「残念ながらダブロンありよ、丘野君」

 にべもなく言いつつも、流石に同情の視線を送る霞だった。



「南三局」

 東家 みなも 南家 ひなた 西家 彩 北家 真 ドラ「二」

「真さん、ロンです。8000点」

「……」

 もしかして俺は狙われているのだろうか――今更ながら感じる真。

 純愛系エロゲー主人公というのは得てして鈍いものである。

 そしてついにオーラスを迎えた。



「南四局」

 東家  真  −6900点  南家 みなも 42200点

 西家 ひなた 27400点  北家  彩  37300点

 ドラ「東」

「お兄ちゃん、ハコテン〜っ♪」

「……やかましい」

「うにゅ!」

 頭にカラの点箱をのせた真がひなたにチョップ。やけくそである。

 そして、みなもと彩は如何にしてオーラスを終えるかを考えていた。

 真の最下位はほぼ確定。後は――

 安手で流して逃げ切る!<みなも

 3飜以上を直撃か4飜以上ツモで逆転!<彩

 ふたりの少女から身を焦がすような紅い炎が渦を巻く。

 その名を『情念』といった。



 ――七順目。

 みなもがピンフドラ1をテンパイ。勿論ダマテン。

 オーラスでトップ目がリーチをかけるのは厳禁。麻雀の鉄則だ。

 一度リーチをかけてしまえばもうオリることはできないのだから、例えどんなに待ちが広くてもダマテンがセオリーである。2位との差が1000〜2000点くらいの僅差なら話は変わってくるが、特別ルールの事情だけに、みなもはトップを死守する事を選んだ。

 ――九順目。

 彩はタンヤオドラ2(三面待ち)をテンパイ。

 直撃でもツモ上がりでも逆転可能だが、敢えてリーチをかけた。

 この待ちなら相手を下ろして自分がツモ上がる勝算も十分と判断したためだ。

 そして運命の十三順目。


 ひ な た が ツ モ っ た 


 一二三西西西白白白発発発中中

「な……っ」

 目が点になって固まるみなもと彩。

「数え役満ね」

 思わず感心して宣言する霞。

  真 −22900点 みなも 34200点 

 ひなた 60400点  彩  28300点

「うにゅっ! ひなたの勝ちだよーーーーーっ♪」

 まるで桃鉄20年一本勝負で玉吉とサイバー佐藤が激しく戦った結果、ちょりそが勝利するというような幕の閉じ方であった。



「納得いかない、いかないよーーーーーっ!!」

 唐突にみなもが首を振って叫んだ。ぷっつんみなも。

「み、みなも、どうしたんだ」

「ちょ……落ち着いて、鳴風さん」

 真と霞がなだめるも、水面に石を投じるようなもの。死の河だ。

 そこへ淡々とした彩の声がかかった。

「みっともないですよ。素直に結果を認められないんですか?」

 その一言はみなもの感情を煽るには十分すぎた。かちんときて、彩と対峙する。

「またそうやって謙虚さをアピールするーっ! そんなだからPC版ENDでまこちゃんと幸せになれないんだよ!? コンシューマ版の追加シナリオで私に引っ叩かれるんだよっ!!」

「……どうやら貴女とは一度、白黒はっきりつけた方がよさそうですね」

 眉根を寄せて、彩はどこからともなく一振りの刀を具現化させた。

「望むところだよ、彩ちゃん。その澄ました顔を涙雨に染めてあげるんだからっ」

 みなもの周囲から冷たい風が渦を巻く。それはまさに吹き荒ぶ風のゲーニッツ。

 バックにはゴゴゴゴゴゴ・・・という擬音まで浮かんでいる。

「みなもお姉ちゃん、彩ちゃん、喧嘩は駄目だよっ!!」

「ひなたちゃん(さん)は黙ってて(下さい)!!!!」

「うにゅっっっ!」

 ものすごい表情で同時に怒鳴られ、その場で腰を抜かすひなた。

 そして激しくぶつかり合う不可視の斬撃と荒れ狂う風。

「ここ、私の家なんだけど……」

 ジト汗を浮かべながら呟く霞だが、二人の争いにはとても近寄れない。


「いい加減にしろっっ!!」


 しん、と。

 真の放った一声で、鉄風雷火の戦場が嘘のように静まり返った。

 我に返った二人が唖然と立ち尽くす。

「まこちゃん……」

「真さん……」

「ちゃんと勝負はついただろ! どうして二人が争う必要があるんだ!」

 みなもと彩は叱られた子供のように「しゅん」とおとなしくなった。

「もういい、俺はひなたと帰る」

「えっ」

「お兄ちゃん?」

 尻餅をついたままで、きょとんと兄を見つめるひなた。

 優しく笑って真が手を差し伸べる。

「帰りにスーパー寄るぞ。スイカを奢ってもらうんだろ?」

「……うんっ!」

 返事は最大級のひなたスマイルだった。



 夕暮れの街路には、楽しそうに帰路に着く兄妹の後ろ姿。

 兄の片手には丸々とした大きなスイカが入ったスーパーの袋が揺れていた。



 紫光院邸。

「彩ちゃんのせいで!!」

「みなもさんほどの女性が、なんて器量の小さい!」

「小さいのは彩ちゃんの胸だよっ!」

「言いましたね!!」

 言い争い、素手で取っ組み合いを続けるみなもと彩。

 呆れながら霞が飲むコーヒーは、とても苦かった。

 部屋の片隅では、すっかり忘れられていた勤がぶつぶつと独りつぶやく。

「不公平や……なんで真だけあないにモテモテやねん……」

 窓から差し込む夕陽は儚くも美しかった

 のだった。

 (了)

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 ※このSSは、以前に完売した自サークルのWind同人誌に掲載したものです。
  完売から既に二年以上経過していることもあり、ネット公開することに。

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