真夏の夜の猫 〜吊られた猫の怪〜


「ちゅうわけで、夏いうたら『納涼』や! 『肝試し』や〜〜っ!!」

 夏真っ盛りの七月下旬。午前零時の無縁墓地に、珍妙で無駄にノリのいい関西弁が木霊した。

「ええか、この墓地を抜けた奥に小さな祠がある。二人一組でペアになって、それぞれ違う場所からスタートしてそこへ向かうわけや。無事に祠まで辿り着けたら肝試しは終了や」

 そう言って、勤は、得意げにニヤリと笑みを浮かべてポーズを決める。そんな彼を見つめる五人の男女の表情は様々だった。呆れ顔二名。困り顔一名。微笑一名。緊張顔一名。

「ただし、や! 道中にはわいが頼んだ脅かし役が手ぐすね引いて待ち構えてるさかいに、気ぃ抜いとったら腰抜かすことになるで〜。無論、公平さを正すために、わいも脅かし役がどんな手段でどこにスタンばってるかは知らへん」

 意地悪く言って恐怖を煽る勤。こんな真夜中の墓地で待機しているらしい脅かし役に、真は心の中で同情した。

「でも勤お兄ちゃん、肝試しなのに二人一組だったら、怖さが半減するんじゃないかなっ」

「それは仕方ないわね。いくら肝試しだからって、こんな時間のこんな場所で、女の子一人歩かせるわけにはいかないでしょ」

 ひなたの疑問に答える紫光院の言葉に、みなもと彩も納得して頷いた。勤も流石に安全面は考慮しているし、何かあったときでも、彩以外は携帯電話を所持しているので直ぐに連絡がつけられる。

「しかし、わいに抜かりはない。実はこの中にも脅かし役が一人混じってるんや!」

 ええーっと驚く面々。たちまち顔を見合わせる五人だが、誰が演技をしているかなどわかる筈もない。勤は腕を組んでさも満足そうに笑った。

「ふっふっふっ。パートナーやと思うとる相手が、いつ突然本性を現すかもしれん緊張感。これで二人一組でも怖さが薄れる事はないやろ」

 このメンバーの中に紛れ込んでいる脅かし役が誰かを知っているのは勤のみ。さっきの発言に反して公平ではないが、そこは納涼企画の主催者の特権という事で我慢してくれとのことだった。

「ほなくじ引きでペアを決めよか。同じ色を引いたもん同士がパートナーや」

 勤の手にランダムで持たれた白紙を、真たちは次々に引いていった。

「俺は……青だ」

「うにゅ! それじゃひなた、お兄ちゃんと一緒だねっ」

 真の隣で先端が青く塗られた紙をひらひらさせ、ひなたが嬉しそうに跳ねた。

「黄色です」

「私も。彩ちゃんとペアだね、よろしく」

「こちらこそよろしくお願いします、みなもさん」

 顔を見合わせて微笑む彩とみなも。

「…………」

「なによ、その目は」

 そしてお互い眼鏡越しにジト目を交わす勤と霞であった。



 ペア1 橘勤&紫光院霞

「なんでわいがブンドキ女と肝試しせなあかんのや……ハズレもええとこやで」

 不気味な静寂に包まれた、薄暗い夜道を進みながら溜息を繰り返す勤。

 ここは風音山の麓付近にある無縁墓地。それなりの広さを誇るこの場所は、普段からほとんど人が立ち寄る事がない上に、深夜だけあって納涼に相応しい雰囲気を醸し出している。そこかしこに乱立する枯れ木が遠くの視界を遮り、臨場感を増していた。

「しょうがないでしょ。くじ引きで同じ色を引き当てたんだから」

「ほんま、腐れ縁も大概にしてほしいわ。怖がるみなもちゃんかひなたちゃんか彩ちゃんに、わいの男らしさを見せつける甘い夏の夜が展開されるはずやったのに……紫光院やったらお化けのほうが逃げていってまうで」

「あんたねぇ……」

 こめかみをピクピクさせながら拳を握り締める霞は、必死に怒りを堪えていた。せっかくの雰囲気も臨場感も、この二人の前では形無しという他ない。

「これならまだ真のほうがマシやったで。男でも同じ『人間』やさかいな」

「…………つ〜と〜むぅ〜」

「ハッ! ちょ、ま、今のはほんの冗談――ぐほおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 はあ、はあ、と肩で息をならす霞の足下に、ずたぼろの肉塊が痙攣していた。

「おおお……鬼や……まさかパートナーが鬼に変貌するやなんて……そうか、お前が脅かし役やったんか……」

「違うわよ。それより今のもう一回言って……っ!?」

 鬼発言に再び拳を震わせていた霞が、突然に声を詰まらせる。それに気付いた勤が「なんや紫光院、どないしたんや」と、怪訝な顔で彼女の視線の先を見やった。

「ぬぅおっ!?」

 思わず驚きの声を上げる勤。霞も言葉を出せずにその方向を凝視していた。

 薄闇に浮かぶ小さな物体。それはクリーム色をした、ファンシーな容姿の猫らしきものだった。しかも顔が上にきた仰向け状態で、だらりと宙に浮いている。二人がさらに目を凝らそうとした途端、それはすうっと遠ざかると、木々の間に紛れて見えなくなった。

「な、なんやったんや、今のは……」

「吊られた猫――ハングドキャットってところかしら……? こういう状況であからさまにお化けが出てくるより、ずっと効果があるわね。それもビックリ箱的な驚かし方じゃなくて、相手に気づかせてすぐに姿を隠す「正体がわからない怖さ」を突いた手法……上手いわ」

 少し背筋が冷えたのを感じながら、霞は冷静に分析する。流石はこんな真夜中の墓地で待機していただけのことはあると、感心した面持ちになった。

「誰かは知らないけど、勤の人選にしてはなかなか…………って、なにやってるの?」

 勤はいまだ起き上がらずその場に腰を落としたままだった。

「た、ただの武者震いや」

「……気を抜くと腰抜かすことになる、だったかしら」

 はあ〜と大きく息を吐いて、呆れた眼差しで見下ろす霞であった。



 ペア2 丘野真&丘野ひなた

「しかし、結構進んだけど特に何も起こらないな」

「うんそうだねっ」

 一応いつ驚かされても対応できるように注意を払っている真だが、墓地の中ほどを過ぎても一向に何も起こる気配がないので拍子抜けしてきたところだ。

 確かに墓地内は広くて視界は狭く、枯れ木や鬱蒼とした茂みの多さは不気味な雰囲気満天なのだが、何しろ隣を歩いているのが明朗快活を絵に描いたような宇宙人ということで、恐怖感はあまり沸いてこない。

「なんだ、さっきから何をきょろきょろしてるんだ、ひなた」

「そろそろ頃合かなって」

「何がだ?」

「あっ、あそこがいいかなっ」

 突然走り出すひなた。真が呆気に取られる間もなく、小リュックを背負った後ろ姿が木々の隙間に消えていく。

「お、おい、ひなたっ!?」

 一瞬ぽかんとしてから我に返り、真は後を追った。それからほどなくひなたが消えた辺りの木々まで足を進めると、正面の枯れ木の陰から何かが飛び出してきた。

「しゃーーーーっ!!」

「…………」

 真は驚きのあまり言葉を失った。それは確かに驚きと呼べるものだった。

「お前を食べてやるにゃんにゃかにゃーん」

 と、丘野ひなたは言った。

 いかにも作り物ですと言わんばかりのネコ耳と肉球手袋と尻尾を付けた格好で。

「…………」

「妖怪ねこまただよーっ!」

「チョップ」

「うにゅうっ!」

 ずごぉっと岩山両斬波ばりのチョップを脳天に叩き込まれ、ひなたが涙目で目を回す。

 ぐっすんねこまた。

「痛いよ、お兄ちゃん」

「そうかそうか、隠れ脅かし役はひなただったのか」

「うん、そうなんだよっ。でもお兄ちゃん、全然怖がってないね……」

「遠野秋葉しかり、星崎希望しかり、音速丸というお供がいる忍しかり、だな」

 猫又の仮装について一抹のわびしさを感じずにはいられない真だった。

「お前それ自分で作ったのか?」

「うん。十月の学園祭でお化け屋敷をやる予定なんだよーっ」

「悪いことは言わないからやめとけ……」

 お化け喫茶なら受けるかもしれないが、お化け屋敷はまずいだろう。磨きがかかったわびしさに身を包まれていると、ガサッという音が近くから聞こえた。ひなたにも聞こえたらしく、二人して音がしたと思しき方向へ目を凝らす。

 人の胴ほどの高さの茂み。その上に、見た目キュートでポップなクリーム色の猫らしきものが、仰向けで乗っかっていたのだ。

「ね、猫?」

 ひなたが恐る恐る近づいて手を伸ばしかけた途端、猫がガサガサーッと仰向けのまま茂みの上を滑り出し、バッと宙に浮き上がった。

「うわっ!」

「うにゅっ!!」

 びっくり仰天。ひなたは尻餅をついたばかりか、そのまま目を回して気を失ってしまった。

「ひなた!」

 ひなたに目をやってから茂みに向き直ると、猫はまるで吊られたような姿勢で遠ざかっていく。追いかけようにもひなたを放置する事などできず、真は立ち往生した。

 と、そこへ。

「丘野君、どうしたの」

「なんや真、なんぞあったんか?」

 見慣れたコンビが姿を現した。何故か勤は霞の肩を借りて立っている。

「勤、紫光院! ちょうどよかった、ひなたを見ていてくれ!」

「えっ」

「ちょ、なんや、おい真ーっ」

 わけがわからないといった二人にひなたを任せ、真はハングドキャットの消えた方向へ駆け出した。前方に遠ざかる猫の姿――今ならまだ追いつけるかもしれない。

 不可抗力とはいえ目の前で妹が気を失った事に対して、真は少なからず感情の波を昂ぶらせたようだった。



 ペア3 鳴風みなも&月代彩

「うう、なんだかちょっと怖いね……さっきも「ぐほおおぉぉぉぉぉ!!」って、鬼の哭くような叫び声が聞こえたし」

「そうですね」

「……相槌打ってるけど、彩ちゃんは平気そうだね」

 若干おどおどとした感じのみなもに対して、彩は平常心を保っているように見えた。

「みなもさんはこういうの、苦手ですか?」

「うーん、苦手っていうほどじゃないけど……やっぱり、ちょっと」

 周りの光景を見回し、苦笑い。考えてみれば実に普通の女の子らしい反応である。

  そんな彼女の様子を目にしてどう思ったか、彩はぽつりと口を開いた。

「みなもさん、どうしてここが無縁墓地になったかご存知ですか」

「え……し、知らないけど。な、なに、急にどうしたの、彩ちゃん」

 突然に声のトーンが低くなった彩に、みなもの身体がびくっと震える。そして彩は明後日の方向を向いて、あなたの知らない世界でも始めるように、淡々と語りだした。

「昔、ここには防空壕があったんです。時代は戦争の真っ只中で、その被害はこの街にも及びました。そのとき防空壕に非難した人たちは百名近くにのぼり、何とか爆撃から身を守ることができました。しかし、爆撃で崩れ落ちた岩の山が防空壕の入り口を完全に塞いでしまい、そこから出ることが出来なくなってしまったんです。その後どうなったと思いますか?」

「わ……わからない……。ね、ねえ、彩ちゃん。なんでそんな話……」

「閉じ込められた彼ら彼女らにできることは、早く救助が来るように祈るだけ。ですがそんな願いもむなしく、やがて食料は底をつき……飢餓が薄暗い閉鎖空間を支配しました。そして数日後、ついに共食いが始まったんです」

「っ!!」

「皮肉な事に戦争から人を守るために作られた防空壕内は、飢えを癒し生き残るために人が人を殺し喰らいあう戦場と化しました。それから数週間後、ようやく救援がやってきたとき、そこは地獄絵図のなれの果てでした。おびただしい血臭と骨だけの遺骸が散乱する中で、唯一の生き残りは、見るも恐ろしい形相をしたひとりの少女だけだったのです」

「う、嘘だよね……冗談だよね……」

 すでに涙目になっているみなもが、ふるふると顔を左右にそむける。

「違いますよ。何故なら、私がそのとき生き残った少女なんですから」

 鳴風みなも、蒼白。

 彩はゆっくりと振り向くと、ぞっとするような冷笑を浮かべ、言った。

「そういえば、みなもさんって……肌が瑞々しくて綺麗で、とても美味しそ――」

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 パシィィィィィィィィィィィィン!!

「ぶぇぷっ!」

 頭蓋骨が砕けんばかりのビンタをまともに食らい、その場に撃沈する彩。すぐに我に返ったみなもがハッとして、足下に崩れ落ちた少女を抱き起こす。

「だ、大丈夫、彩ちゃん!? ごめん、私つい……っ」

「だだ……大丈夫じゃありませんが、私も悪ふざけが過ぎました……ごめんなさい」

「あっ、やっぱり冗談だったんだ、よかったー」

「あああ、頭を揺らさないでくださ……脳震盪が……っ」

「きゃーっ! 彩ちゃん、逝っちゃ駄目ぇぇぇーーーーーーーっ!!」


 先輩、私、お花畑が見えました(by進藤さん)


「みなもさんに引っ叩かれたのは、これで二度目ですね」

「う、うん。そうだね」

 どちらも苦笑まじりだが、みなもは両手を後ろに伸ばして穏やかな表情を見せた。

「あれからもう一年近くが経つんだね……私、彩ちゃんとこうして色々とお話したり笑いあったりできて、とても嬉しいよ」

「みなもさん…………その、私もです」

 彩も頬を赤くして微笑む。いわゆるひとつの『雨降って地固まる』というやつだった。

 と、みなもが急にそわそわと辺りを見回し、木々と茂みに覆われた個所に目をやると、そちらへ向かって歩き出した。

「どうしたんです、みなもさん」

「あの、ええと……ちょっとお花――は無いから、枯葉を摘みに」

「あ……すみません」

 お互い顔を赤く染めるところは、まるで初々しいカップルのようでもあった。

 みなもが木々の奥へ姿を消した後、彩は何気なく首をめぐらせた。すると、彼女の目に不可思議な光景が鮮烈に映し出されたではないか。

 それは一瞬の事だった。吊られた風な仰向けの猫が視界に入ったかと思うと、たちまち眼前の細道を通り過ぎ、薄闇の続く彼方へ遠ざかっていったのだ。

 急いで猫が通り過ぎた辺りまで駆け寄る彩だが、突然背後から何者かに肩を掴まれ引き寄せられた。

「えっ、な、きゃ……っ!?」

「捕まえた! 大人しくするんだ」

 何が何だかわからず無我夢中で抵抗するも、さして力の強くない彩は簡単に押し倒されてしまう。

「やっ……やめてください!」

「だから大人しく…………って、あれ?」

「えっと、その声は――」

 ぴたりと抵抗がやみ、ぴたりと強襲がやみ、顔を見合わせる。

「……彩?」

「ま、真さん」

 そして沈黙。お互いきょとんとして状況を把握しようとするも、噛み合わない。

 また、二人の時間は停止していても、周りの時間は動いているわけで。

「まこちゃん……彩ちゃん……なに、やってるの?」

 枯葉摘みから戻ってきたらしいみなもが、目を丸くして立ち尽くす。その言葉に素朴な疑問以外のニュアンスが含まれていることに真が気づいたかどうか。

「みなも、なに……って、はっ!!」

 気づいた。彩を押し倒して組み伏せているこの状況、どこからどう見ても――

「だ、駄目だよ……いくらなんでも、TPOは弁えないと……墓場でそんなことしたら死者に対して失礼だよ?」

「みなもさんの言うとおりです。真さんの気持ちは嬉しいんですけど……やっぱり私もこういうところではちょっと……」

「いや、二人とも、仲良く勘違いしているところ悪いけど……」

 収拾をつけようとする真なのだが。

「うにゅ! お兄ちゃん!?」

 意識が戻ったらしい宇宙人。そしてその隣には、

「お、丘野君……月代さん……」

「にゅわーーーーーーーっ!! ま、ま、ま、真ぉぉぉぉぉ!! お前なにやっとるんやぁぁぁ!!」

 期待通りのジト目とオーバーリアクションのコンボ。

「エリ・エリ・レマ・サバクタニ……っ!」

 思わず天を仰いだ真の口から、そんな絶叫が響いたのだった。



「結局肝試しやなくなってもうたな〜」

 祠の前で腰をさすりながら暢気に笑い飛ばす似非関西弁の主催者。

 あのあと誤解が解けた真たちは、結局そのまま六人で祠まで向かう事になったのである。

 談笑の内容はやがてあの吊られた猫――ハングドキャットの話題に及んだ。

「ひなた、あの猫さんが誰だったのか知りたいんだよっ」

 何しろ気絶までしてしまったのだから、気になるのは無理もない。

「せやな。わいらが祠に着いたこと知らんかもしれんし、連絡せなな」

 勤が携帯を取り出すと、タイミングよく件の脅かし役からメールが届いた。噂をすれば何とやらと、メールを確認する勤だが、その内容を読んだ彼の口から「なんやてえぇぇーーーっ!」という驚愕の一声が放たれるとは。

「ちょっと、どうしたのよ勤」

「いや……それがやな……例の脅かし役やねんけど。寝過ごしてたったいま起きたところやって……」

「えっ」

 たちまち静まり返り、顔を見合わせる面々。

「それじゃ……」

「あの猫は、いったい――」

 途端に居並ぶ六人から血の気が引いていく。

 かくて肝試しは終わりを告げ、最後の最後で納涼を心ゆくまで味わうという結果に収束したのだった。





 無縁墓地の入り口近くで、ダークグレーでロングスリーブのワンピースを着た少女が息を切らせていた。

 彼女を待っていたらしい青年が声をかける。

「こだまさん、お疲れ様っす。なんか走ってきたみたいですけど」

「う、うん。私のほかにも結構人が来てたみたいで……途中で男の人に追いかけられて、怖くて逃げてきちゃったよ」

「そりゃあこんな真夜中に子供が墓地で遊んでいたら注意しようとするでしょう」

「舞人君、怒るよっ!?」

「冗談……ということにしておきます。きっとこだまさんの妖艶な大人の魅力に我を忘れたんでしょう、その男は」

「まあそうなんだろうけど」

「えええっ!?」

「……なに?」

「いえ、別に……ああそうそう、そんな危ない目に合っていたのなら、どうして携帯で知らせてくれなかったんですか。ハードボイルド桜井舞人が頭文字A列車でGO! っとばかりに駆けつけましたよ」

「あっ……。う、ううん! 舞人君に頼ってばかりじゃいけないから、本当に危なくなるまでは自分の力で乗り切ることにしてるのっ」

「いや、今めちゃめちゃ「忘れてた」って顔してましたけど……それに本当に危なくなってからじゃ手遅れだと……」

「もうっ、人の揚げ足ばかり取ってたら、いい大人になれないんだからねっ」

「はあ、まあそれはともかくとして、怪談ものの童話のイメージは湧きましたか?」

「あ、うんっ。やっぱり実際にその場所へ来ると、イマジネーションの幅がぐんと広がるよ」

 くるりと半回転して、見返り美人的に微笑む。

「どうでもいいですけど、この夜中にその服だと、後ろ姿を見たら猫が浮いているようにも見えますよ」

「そ、そうかな……もしかしたら墓地に来ていた人たちを驚かせちゃったかもしれないね」

「真夏の夜の猫ってやつかな? 吊られた猫の怪、これはウケますよ」

「あはは、もうー、舞人君は私を笑わせてくれてればいいの」

「不肖桜井舞人、これからも里見こだま物語の狂言回しを努めさせてもらいます」

「うん、ありがとうっ」

 笑顔で向き直る少女。

 その背中ではクリーム色の猫リュックがゆらゆらと揺れていた――

 (了)

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