「こうしてリースさんはゲボ子と出会った」


 リースさんのフルネームはリース・フレキシブルといい、半年ほど前までウィルマース・ファウンデーションに雇われていたことがある霊能者だ。若干十五歳の霊媒少女である彼女は、ウィルマース・ファウンデーションで活動していたときに運良く大きな功績を残し、そのため現在は贅沢な暮らしをしなければ生涯生活に困らないくらいの蓄えを有していた。

 さて、いきなりだが、リースさんはたったいま窮地に陥っていた。

 日本でのんびりと霊媒活動をしている彼女のところへは、ときたま超常現象関連の依頼が舞い込んでくる。今回の依頼は、霊障が発生するという噂の立つ、山梨県A市の人里離れた山林に建つ廃屋の調査だった。

 さっそく単身で現場に赴いて霊探知したところ、陽気な霊たちの溜まり場になっていることがわかった。霊能力を行使して彼らと会話を試みた結果、ありがたくも成仏に応じてくれることになった。危険な霊というものは実際には少なく、大抵はこのように話せばわかる無害な事例の方が多いのだ。

 カエサルのダイスを使う必要もなくすべての霊を浄霊し終えたリースさんは、一息ついてかび臭い廃屋を後にしようとした。ここまではよかった。ところが、運悪く床が腐っている箇所に体重をかけてしまい、彼女は一階の床を踏み抜き、あろうことか人間ひとり分の穴が開いて落下してしまったのだ。まさか! なぜ! どうして!? その理不尽さたるや、まるで魔王ワーロックの城シャドウゲイトのようではないか。

 不幸中の幸いというべきか、片方の足をくじいただけで済んだリースさんは、不安げに周囲を確認した。そこは秘密の地下室だったらしく、見渡す限り上へ登る手段はなかった。しかしレビテーションを使えば上昇できる高さだったので、リースさんは真剣な顔つきでカエサルのダイスを握りしめた。先刻かなりの霊を浄霊したことにより相当に霊能力を消耗しているため、レビテーションを実行できるのは一回が限度。失敗は許されない。

 リースさんは、確立を要する霊能力の行使にはカエサルのダイスによる事象判定を必要とする。それは過去に起因した理由があるのだが、ここで語ることもないだろう。

 とにかく彼女は精神を集中し、運を天に任せてダイスを振ったのだ。

「きゃーっ、ファンブル!!」

 そんなわけでリースさんは窮地に陥った。

 いまや泣きそうな表情で、びっこをひきながら薄暗い地下室を歩く霊媒少女だが、どういうことか上階への道は見つからなかった。死に至る病――絶望が頭をよぎったとき、眼の前に何かを視認した。特効薬である希望なのかどうか、それは、黄色いアヒルのオマルから肌色の手足が生えた、微妙に名状しがたい謎めいた生き物だった。

 オマルのような胴体にはロードビヤーキーU世と黒文字で記されていて、ウィルマース・ファウンデーションに所属していたことがあるリースさんには、その生き物がハスターの奉仕種族であるということが理解できた。おそろしくデフォルメされた姿形にはこの際突っ込まないでおく。

 その傍らに金髪碧眼の三つ編み少女が立っているのを見たリースさんの安堵感はどれほどのものだったか、彼女にしかわからないだろう。

 おずおずと話しかけてみると、金髪少女の名前はヴィータ・エヌオーで、普段はゲボ子と呼ばれているらしかった。それがデフォルトなのであればそう呼ぶのが正しいことなのだろうと思い、リースさんは少女のことをゲボ子さんと呼ぶことにした。さんを付けたのはデコ助だからではなく、ゲボ子がリースさんより二つ年上だったからだ。

 どういう経緯でこんなところにいるのかをゲボ子は説明してくれなかったが、ビヤーキーが負傷したため脱出できなくなったのだという。そこでリースさんは提案した。ビヤーキーの傷を霊能力で治療する代わりに一緒に脱出させてほしいと。ゲボ子が了承してくれたので、リースさんは黄色い生き物の傷を治療することになった。今の乏しい霊能力では治癒を行えるのは一回だけ。そこで彼女は治療のための触媒を使うことにした。

 護符を通して霊能力を行使した結果、カエサルのダイスはクリティカルの目をたたき出し、リースさんは思わず歓声をあげた。オマル状の胴体に乗った二人の少女は、地下室から地上へ脱出するにいたり、リースさんはビヤーキーの瞬間移動を初めて体験したのだった。

 このとき、リースさんは、ゲボ子と今後も永く付き合っていくことになるなど微塵も思っていなかったが、これは運命だったのである。ヤン・ウェンリーの言葉を借りるなら、年老いた魔女のように意地の悪い顔をしているそれは、平行世界の空から降ってきたブルマっ娘なるイリヤスフィールが不可思議な英霊タイガと出会い、末永い遍歴を経て異空間の道場に居を構えることになったように、まさしく運命なのである。

 さりとてここでは次のごとく述べるにとどめておこう。

 ――こうしてリースさんはゲボ子と出会った。

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