「コムスプリングス殺人事件〜湯けむりの彼方へ〜」
コムスプリングス。魔法学院近くにあるこの街は、バーンシュタイン王国の誇る一大観光地である。この街を訪れて湯船に浸からない者はない、とまで呼称される有名な温泉街なのだ。
そんな街のある日のこと。
降り注ぐ太陽がまぶしかった日のこと。
温泉から立ち昇る湯気。さらさらと、さらさらと。霧のように流れる街路に、突如、光が灯った。
それは、真っ白な輝き。淡い、一瞬の煌き。それはいつしか二つの影となった。
テレポート。
グローシアンの中でも、皆既日食の日に生まれた生粋の者しか使えない高度な魔法。一度でも行ったことがある場所なら、瞬時に移動できる便利な魔法である。
「久しぶりのコムスプリングスだね、お兄ちゃん」
瑞々しい声。サンタクロースのような赤い服を着たこの少女の名はルイセ。テレポートを使える、類稀なる資質を秘めたグローシアンの少女である。
「ああ、久しぶりだ」
こくりと頷いたのは、整った顔立ちの黒髪の青年。彼の名はカーマイン。
数ヶ月前、この世を支配しようとしたグローシアンの王ヴェンツェルを仲間たちと一緒に倒し、世界を救った有名人だったりする。
両眼の色が違うという特徴があるのに、ゲーム中では誰もツッコまなかった。グローランサーの七不思議のひとつといえる。
「ところでルイセ。恋人同士なんだから、お兄ちゃんって呼ぶのはやめてくれないか?」
「え、でも……ファネルは最後まで主人公のことを「お兄ちゃん」って呼んでたよ?」
誰やねん、ファネルって。
「まあでも、確かに何か変だよね。うん、待っててね。いつかお兄ちゃんのこと、名前で呼べるようになるからね」
「ああ、楽しみにしてる」
ラング4のレイチェルばりの返答に満足したカーマインは、その日を夢見ながら、永遠の空を見上げるのだった。
(完)
「こらこら、勝手に終わったら駄目じゃないか」
「えっ、あ……アリオストさん?」
ルイセが驚いて目の前の青年を見る。彼の名はアリオスト。ブルーのロングヘアーに知的な眼鏡が印象的な、魔法学院の中では二十五歳という最年少で個人の研究室を与えられた天才魔法学者である。
二枚目な外見とは裏腹に、実はかつてカーマインと一緒に女湯を覗きに行こうとして失敗したことがあるナイスガイだ。
「ああ、少し骨休みに温泉でも、と思ってね。それにしてもルイセ君とカーマイン君に会うとは思わなかったよ」
「私とお兄ちゃんもアリオストさんと同じような理由ですから」
いつの間にか三人は温泉宿の談話室にいた。大きなテーブルを囲んで置かれたソファには、夕食が始まるまでの間くつろいでいる客たちの姿が見える。
「あっ、ルイセちゃんにお兄様!」
突如としてカーマインたちのほうに駆け寄ってきたのはミーシャだった。
二つに下げた三つ編みと、小さな丸い鼻眼鏡がチャームポイントの元気でおっちょこちょいな少女である。ルイセの無二の親友という設定だが、実際に親友らしい会話があったのはグローシアン失踪事件解決時のワンシーンのみだったりする。
「ミーシャも来てたの!?」
「うん、アリオスト先輩が誘ってくれたの」
「……へぇ」
にやりとする二対の眼差しを受けて、アリオストは「ごほん」と咳込んだ。彼がミーシャのことを好きなのは秘密だ。とりあえず、ミーシャなぐさめイベントはアリオストに任せたので大丈夫だろう。
「食事の用意が出来ましたよ。皆さん、食堂の方へどうぞ」
「お、もうそんな時間か」
「あれ? でも、どこかで聞いた声」
不思議に思ったルイセが食堂案内の声の人を見てみると、なんとアーネストであった。それどころか、オスカーやジュリアンの姿まである。
「……いつからこの温泉宿は「宝塚」になったんだ?」
「わ、お兄ちゃん。聞こえちゃうよ〜」
そういうルイセも実は同感だったりした。とりあえずアーネスト達に聞こえなかったようなので一安心。
アーネスト、オスカー、ジュリアンはインペリアル・ナイトである。
インペリアル・ナイトとは、バーンシュタイン王国の中でも選ばれたものだけがなれる最強の騎士で、その力は一人で一軍に匹敵するという。
でも何故か細身の美形ばかりなので、宝塚に間違われても仕方ないといえる。いや、ホントに。
どうやらここのオーナーがアーネストのファンだったらしく、無理に頼み込んで一日だけ代理オーナーをやってもらったらしい。すると、面白そうだからとオスカーとジュリアンも手伝いに来たということらしかった。
「ふうん。じゃあ、今日この宿に来た人は運がいいんだね」
何となく感心するルイセだった。
食堂に入って席につくと、隅の方にいる異様な雰囲気の女性がルイセたち四人の目に入った。可愛いフリルのついた白のドレス姿で、薄いピンクの口紅をつけている。しかし、その厚化粧と図太い毛むくじゃらの足首を見れば、正体は一目瞭然だった。
そう、オカマさんである!
「オカマだ〜って、オタクだ〜って、アメンボだぁ〜って〜、みんなみんな生きているんだ友達なんだぁ〜」
今度は小声で言ったカーマインの言葉に、ルイセ、アリオスト、ミーシャの三人は「うんうん」と頷いたのだった。
食事は殊更に美味しかった。インペリアル・ナイトは料理まで出来るのか、と感慨を覚える一同であった。
食後のコーヒーを飲み終えると、客は全員、談話室に集まった。
いや、全員ではなかった。
「あのドレスを着たオカマの人は?」
ルイセが訊ねると、アーネストが答えてくれた。
「服を着替えたいとか言って部屋に戻ったよ」
あのドレスだと着替えるのも大変だろうなぁ――ルイセは思った。
と、そのとき。
突然、室内の全ての明かりが消えた。
「いやーっ!!」
女性客の悲鳴が、暗闇の中で飛び交う。
「大丈夫だ! 皆さん、落ち着いてください。ジュリアン、蝋燭を持ってきてくれ」
「分かった」
ジュリアンが闇の中、立ち上がってどこかへ行ったらしい気配がした。
アーネストとオスカーが客を落ち着かせていると、五分ほどして火のついた蝋燭を持ってジュリアンが戻ってきた。
「準備が出来たぞ」
ジュリアンは、驚いたことに蝋燭と一諸にビフレスト(攻撃相手に硬直時間を+20与える最強の鞭)まで持ってきていた。
「ジュリアン! 蝋燭だけでいいんだ、蝋燭だけで!」
「そういえば……そうだな」
ジュリアンは蝋燭をテーブルに置くと、闇の中へ消えていった。
それにしても、何の準備だったのだろう。
テーブルを囲んだみんなの顔を、蝋燭の明かりが照らし出していた。今にも百物語でも始まりそうな雰囲気である。
「……これはアタシの友達の妹が本当に体験したことなんですけど」
ミーシャがいきなり話し出した。幽霊の類が苦手なルイセは思わずカーマインの服をぎゅっとつかむ。
「彼女は魔法の実技が不得意でね……補習を受けなくちゃならなくなったの」
細々とした口調で話すミーシャに、みんな聞き入っている。
いつの間にかジュリアンも戻ってきていた。
「課題が出来た人から帰ってしまって、彼女は最後まで残されたそうなの。そして、恐ろしいことが起きたんです」
ごくりと誰かが呟く。
「ようやく課題が終わった後、彼女はトイレに行ったの。ずっと我慢していて、とても家に帰るまでもちそうになかったわ。ところが、慌てて入った個室には……紙がなかったんです!」
「キャーッ!」
「こわーい!」
「そして、彼女は結局実技で赤点を取り、以来そのトイレは「呪いのトイレ」と呼ばれるようになったそうなの」
予想もしない恐ろしい話に、しばらくみんな押し黙っていた。
「ぎゃあぁぁ〜っ!!」
そのとき、二階から図太い悲鳴が聞こえてきた。
「何だ?」
アーネストが蝋燭を持って階段を上り始める。ルイセを含めて何人かが後に続いた。オスカーとジュリアンは残った客を落ち着かせている。
「どうしました? もしもし?」
アーネストが呼びかける。悲鳴はあのオカマのものだったんだろうか。
アーネストはオカマの部屋をノックした。
「何かあったんですか!」
鍵がかかっていなかったらしく、アーネストはゆっくりとドアを開けた。
部屋の中も、勿論真っ暗だった。
アーネストが蝋燭の明かりをそろそろと中へかざすと、倒れているらしい人間の足が目に入った。
真っ白なストッキングをはいた毛むくじゃらの足。
そのとき突然、全ての明かりが戻った。
「キャーッ!!」
女性客の悲鳴。
そう、オカマは真っ白なドレス姿で横たわっていた。見開かれた目と、大量の血とともに。
「そのオカマ、死んでいるのか?」
カーマインが声を潜めて誰にでもなく尋ねた。
アーネストが近寄って、オカマの肩に手をかけて揺さぶる。
「もしもし、大丈夫か?」
何の反応もない。
やはり死んでいるようだ。
殺されたのか、それとも。
ふとオカマの左手を見ると、小さな紙を握っていた。その紙には、点文字で「死」と書かれていた。
「この点文字は一体?」
「ダイイング・メッセージじゃないか?」
カーマインの言葉に、ひとつの考えが脳裏にひらめいた。
「まさか……」
「どうしたんだ、ルイセ」
「点文字で「死」と書かれているという事は……点、死……テン、シ……天使!」
「ばんざーい! ばんざーい!」
見事なルイセの推量に、まわりからバンザイの嵐が巻き起こる。
とゆーか、人が殺されているというのにバンザイをしている場合じゃないだろう。
ルイセは生真面目な顔で、みんなを見回してこう言った。
「さて、こういう場合、犯人はこの中にいるものと相場は決まってます。オカマさんが死力を振り絞って指し示した犯人は、きっとこの中にいるのです。みなさん、談話室に集まってください」
解決編
談話室に集まると、ルイセは一人一人の顔を見つめた。
ふと見ると、一人の男が忍び足で玄関から出て行こうとしていた。
バイキングのような格好をして、頭にはバイキングヘルムをかぶり、手には血のついた長剣を持っている。
全く知らない人間だった。
「失礼ですが、あなたは?」
ルイセが大声で呼びかける。
突然みんなの注目を浴びた男は、しどろもどろになった。
「え……お、俺? 俺は……俺は……」
「待って! 当ててみるね。その長剣を見れば明白です。あなたは……そう、通りすがりの魚屋さんですね?」
「い、いや。俺はあのオカマの後をつけてきて」
「言わなくても分かります! この温泉街まで魚を配達して回るのは大変だったでしょう。それで全て説明がつきます。ということで、この人は除外していいでしょう。まさか通りすがりの魚屋さんが温泉宿の客を殺すはずもないし。さて、残る人間の中に犯人はいるはずです。オカマさんが殺されたと思われる時間のアリバイを調べる必要があります」
「おい、悲鳴が聞こえたときは、みんなここにいたじゃないか」
カーマインの言葉にルイセは首を振った。
「ううん、お兄ちゃん。あの時は停電してたから。こっそり二階に上がることも出来たはずだよ」
「私がいたのは確かだぞ。蝋燭を持って上がったのは私なんだからな」
「……確かに。じゃあ、アーネストさんも除外するね」
「アタシたちだってずっと一緒だったよ、ルイセちゃん」
ミーシャの発言にアリオストが頷く。
「うーん、友達や仲間の証言だけじゃ信用するわけにはいかないよぉ。どなたかミーシャとアリオストさんがずっとここにいたことを知っている人はいませんか?」
さっと二人が手を上げた。
オスカーとジュリアンである。
「なるほど。じゃあ二人のアリバイも認めるね」
そうやってアリバイ確認を続けた結果、不思議なことに、全員にアリバイがあることがわかった。
ルイセが首をかしげる。
「あれぇ? このままだと誰もオカマさんを殺せなかったことになるよ〜」
すると、バイキング姿の魚屋さんが、突然そわそわし始めた。
「だ、だからそれは俺が……」
「魚屋さんは黙って私の謎解きを見ていてください」
「……」
にっこりと笑って言われ、魚屋さんは沈黙した。
「謎解きって、ルイセには何か考えがあるのか?」
「もちろん! これは……そう、トリックを使ったんだわ!」
「どんなトリックだ?」
「それを今考えているんだけど……そう、悲鳴が聞こえたとき、みんな下にいた……つまりこれは……遠隔殺人なの!」
「エンカク殺人?」
カーマインの疑問符に、ルイセが満面顔で首を縦に振った。
「そう、一階にいたまま二階にいるオカマさんを殺したのよ」
「いったい、どうやってだ?」
「たとえば……こっそりオカマさんに呪いをかけておくの。そして停電するのを見計らって呪詛を発動させるの」
「停電しなかったら、そんな怪しいやつ、丸見えじゃないか!」
「もちろん停電は犯人の工作によるものなの」
そのときアーネストが、ぼそっと言った。
「でも、客の中に呪いを使えるやつはいなかったぞ」
「……」
ルイセは何も言い返せなかった。
「うん、考え方を変えるね。いいですか、オカマさんは「天使」を意味するダイイング・メッセージを残しました。これが誰を指しているかを考えれば、犯人はすぐにわかるはずです」
「そ、それは無関係……」
またしても関係のない魚屋さんが口をはさみかけたので、ルイセはにこりと笑ってそれ以上言わせなかった。
「もちろん、本物の天使を見たものなんていませんから、外見とかそういった何かが天使に似ていたのでしょう」
「天使に似てるやつってどんなやつだ?」
「そ……それはやっぱり、フェザリアンじゃないかな」
フェザリアン。大陸の東に住む有翼人のことで、魔法を使えない代わりに人間を遥かにしのぐ科学力を持つ。昔は人とともに地上に住んでいたが、かつてのグローシアンとの争いが原因で、現在は人の来れない浮遊島で暮らしている。
「似てる、似てないというのは難しいですから、見方を変えましょう。アリオストさんは確か、母親がフェザリアンでしたよね」
「あっ、そういえば」
と、カーマイン。
「それは苦しいよ。いくらなんでもそれはないよ。大体、僕には動機が無い」
アリオストがあわてて反論する。
そのとき突然、魚屋さんがわめき始めた。
「おまえら、いいかげんにしろ! 人の話を聞きやがれ!」
一瞬、時が止まったかのような静寂が談話室を支配した。
「突然わめいたりして一体あなたは……」
「うるせえ! 俺のこの姿を見てわからねえのか!? 俺があのオカマをやったんだ! この長剣で刺し殺してやったんだよ!」
「またまた〜、そんな冗談言っても受けませんよ。魚屋さん」
「俺は魚屋じゃねえ! これはあのオカマを殺すために、キッチンから取ってきた長剣だ!」
「魚屋さんじゃなかったんだ……どう見ても魚屋さんにしか見えなかったのに」
「どこをどう見たら魚屋に見えるんだ! 目が腐ってるんじゃねえか!? てめえ、俺を忘れたとは言わさねえぞ! このオズワルド様をな!」
その名前を耳にして、ルイセ他数名が「あっ」となった。
オズワルド。ゲーム中盤までカーマインたちを邪魔し続けた盗賊。それ以降は出番がなくなったが、悪人の中ではただ一人の生き残り。「憎めない悪役」といえば聞こえはいいが、カレンに毒を盛ったり、姫を殺そうとしたり、目的ついでに無関係な村人たちを襲ったりと、やってることは外道。カーマインたちの活躍で未遂に終わっているものの「憎めない」とは、とても言いがたい。
「どうだ、思い出したか!」
ぽん、とルイセが手を打った。
「そういえば、そんなザコキャラもいたような……」
「てめえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
怒り心頭。血管切れそうな勢いでオズワルドが剣を振るった。
間に合わない。誰もがルイセの無残な姿を想像した。
だが!
「右、いや、正面ね!」
おおっ! という歓声が上がる。確かに命中したはずの切っ先は、ルイセの残像を切っただけだった。
「この俺が外しただと!?」
「やるね。防御スキル「分身」か」
オスカーが感心したように呟く。とゆーか、これが初セリフ。おめでとう!
分身。敵の攻撃を7+(LV/20)%の確立で回避する防御時発動スキル。
ほとんどダンバイン系かF91だが、二分の一の確立でないのがスパロボとは違うところ。
「〜〜〜〜」
間髪入れずにルイセが魔法の詠唱を始める。ここで犯人をやっつければヒロインの面目躍如だ。
「えーい! 「魂」使用のソウルフォース!!」
凄まじいエメラルドグリーンのオーラが炸裂した。
ソウルフォース。強力なエネルギー波をぶつける魔法。単体攻撃魔法中最強。くらうと大変です。
魂。一回だけ敵に与えるダメージが三倍になる強力な精神コマンド。グローランサーにそんなものありません。
ぼろぼろの状態で倒れる男の姿を見て、ルイセは絶叫した。
「お、お兄ちゃん!?」
なんと、オズワルドに突っ込んでいこうとしたカーマインにぶち当たってしまったのだ!
「わ、私〜、勝っちゃった♪」
「ルイセ……そのボケきつすぎやん」
思わずヒューイ・フォスター弁が飛び出し、そこでカーマインの意識はブラックアウトした。
「きゃーっ、お兄ちゃん!」
ルイセは慌ててレイズの魔法を唱え始めた。
レイズ。戦闘不能を回復+復活時にHP全回復。
オズワルドはというと、インペリアル・ナイツにあっけなく取り押さえられていた。
「いったいどうして、あのオカマさんを殺したりしたの?」
ルイセが訊ねると、縛られたオズワルドが、ふっと悲しげに目を伏せた。
「あいつは……俺を騙しやがった。町でたまたま知り合って、相手をしているうちに、俺とあいつは……俺とあいつは恋に落ちたんだ」
うげ〜、という声があちこちから上がった。
「だが……だがあいつは一言も言わなかったんだ……自分が男だってことを!」
「あの〜、男だってことは見てわからなかったの?」
「あんな綺麗な男がいるわけないと思ってたんだ。わかってるよ……俺が馬鹿だったんだ」
それ以前の問題である。
「……だが……だが、ほんとは今でも愛しているんだ……ルリィ」
魚屋さん――じゃなく、オズワルドは長剣を床に落とすと、おいおいと泣き始めた。
ルイセは頷きながら言った。
「なるほど。美しくも悲しい愛の物語だったのね。全て私の推理どおりだったことが分かりました」
「どこがやねん!」
周りから一斉にツッコミが入る。
外では相変わらず、湯煙が立ち込めていた。オズワルドは床にくず折れ、声を押し殺して泣きつづけていた。
「今回の事件は私がこれまでに解決した事件の中でも、もっとも難しく、もっとも悲しいものでした。私はこの事件を「ホモの……」もとい、「Oの悲劇」と名付けたいと思います」
その時だった。階段の方から声が聞こえてきたのは。
「あら、みなさん。こんなところで集まって何やってるの?」
振り向くと、階段に死んだはずのオカマ――いや、ルリィさんが立っていた。
「きゃあ〜! お、お兄ちゃん!」
泣きそうになりながら、ルイセがカーマインにしがみつく。
「何を驚いてるの。まったく、停電はするし、暗闇で誰かはぶつかってくるし……」
「ぶつかったって……じゃあ、ぶつかっただけなんですか?」
アリオストの質問にルリィはぶつぶつと答えた。
「ぶつかっただけじゃないわよ。アタシは思いきり後ろに転んじゃって、ベッドの角で頭をぶつけたわよ。こぶになっちゃったわ」
ルリィは、ずれたリボンを直しながら後頭部をさすっていた。
「じゃあ……長剣は?」
「長剣? そんなの知らないわよ。でもそういえばアタシのハンドバッグがざっくり裂けてたんだけど」
なんと、暗闇で狙いが外れ、長剣はバッグに突き刺さっただけだったようだ。
「でも、血が……」
ルイセがそう言いかけたとき、アーネストが床に落ちていた長剣を拾い上げ、じっくりと眺め回し始めた。
「これは、私の剣だ。にわとりをしめるときに使ったんだ」
「そんなもので、にわとりを調理するなーーーっ!!」
一斉に上がるツッコミ。呼吸もぴったりだ。
突然、誰かが笑い出した。
「考えてみれば、あの真っ暗な中で犯人の顔が見えるわけないし、ダイイング・メッセージなんか残せるわけなかったんだ。ルイセ、とんだ迷探偵だな」
「ウォ、ウォレスさん! いつの間に?」
ウォレス。カーマインたちの仲間。女湯を覗きにいく理由をべらべらと並べるアリオストに「さっさといって来い!」と檄を飛ばした好漢(35)。
「俺は休暇のときは、いつもコムスプリングスだからな」
それだけで納得してしまう自分が悲しいルイセだった。
「ルリィ……ルリィ、生きてるんだな? 本当に生きてるんだな?」
「その声は……オズちゃん? 何でこんなとこにいるの」
オズちゃん。
それはともかく、ルリィはちょっとどぎまぎした様子で立ちすくんだ。
オズワルドが、ルリィに駆け寄った。縛られていたんじゃないのか、という追求はインビジビリティです。
「俺が悪かった。もう一度やり直そう」
「え? 何言ってるの、オズちゃん。アタシは……アタシはあなたにふさわしい女じゃないわ」
もとから女じゃないだろ! というツッコミを皆が必死にこらえる。
「もういいんだ。俺にはお前しかいない」
「オズちゃん……!」
「ルリィ……」
二人は見つめあい、顔を寄せ合い――
遅かった。
心にトラウマが残るようなシーンが、皆の双眸に映ってしまった。
ルイセは、この事件は「Oの喜劇」に訂正しないといけないかな、と思った。
窓の外では立ち昇る湯煙が、どこまでも、どこまでも、遥かな彼方までの飛翔を続けていた。
(完)
ルイセ「こんな終わり方って・・・・・・(泣)」