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幻夢境とは


H・P・ラヴクラフトが作中に創造した「夢の国」(Dreamland)と呼ばれる幻想世界。
人間の深い眠りの底の底に存在する異世界で、ダンセイニ風のファンタジー色が強い。

まず浅い眠りの中で七十段の階段を見つけ、そこを降りたところにある「焔の洞窟」にてナシュトとカマン=ターという神官に会い、二人に認められれば幻夢境への道が開かれる。
夢の国では数多くの都市が栄えており、文明は産業革命以前の時代を想起させる水準のものである。
人間の他にこの世のものならぬ多数の怪生物も生息しており、現実世界の自然科学の法則に縛られないファンタスティックな環境が広がっている。
意識して夢の国に何度も訪れることができる人間は「夢見る人」と呼ばれ、気ままに旅をしては幻夢境の住人たちと交流を深めたりしている。
中でも真に良き夢を夢見ることを可能とする類稀な「夢見る人」は、夢の国に自分の都市を創造できるという。


■境界

「焔の洞窟」
浅い眠りの中で七十段の階段を下った先にある洞窟。
ナシュトとカマン=ターという神官がおり、深き眠りの門へ通ずる道を守っている。

「深き眠りの門」
焔の洞窟を抜けて七百段の階段を降りた先にそびえる巨大な門。
この門を越えた先に広大な夢の国が広がっている。
また、門を抜けると「夢見る人」の衣服は自動的に幻夢境の文明水準に合わせたものに変わる。





■都市

「セレファイス」
オオス=ナルガイの谷にある、千の塔が建ち並ぶ壮麗なる光明の都。
ナス=ホルタースという名の神が信仰され、トルコ石でできた神殿には一万年前から一人とて増減しない八十人の神官が仕えている。
夢の国の交易の中心でもある、多くの旅人や行商人が集まる華麗で豊かな都市。
この都市の最大の特徴は時間が存在しないこと。セレファイスの中では時がものを破壊することはなく、人々は不死を保ち、建物も摩滅したり破損したりすることがないという。

「セラニアン」
セレファイス近隣の遥か上空、雲の上に浮かぶ美しき空中都市。
セレファイスからは、港に投錨している金色の空飛ぶガレー船に乗船して行くことができるほか、金を紡いだ縄梯子を空に向かって一マイルも昇る方法がある。
セラニアンの人々は極度に青白い肌をしており、外来者には礼儀正しく接するが、非常に内向的だという。
セレファイスとセラニアンを治めるのはクラネスという名の王である。

「ウルタール」
魔法の森を抜けてスカイ河を下流に沿った先にある古さびた町。
各都市との間で盛んに貿易を行っており、夢の国有数の貿易都市ダイラス・リーンからも隊商がやってくる。
『ナコト写本』や『フサンの謎の七書』などの古文献が保管されている寺院には、アタルという名の年老いた大神官が住んでいて、齢三百歳にもなるという。
ウルタールには「何人たりとも猫を殺してはならない」という法律が制定されており、そのために多くの猫が集い、地球の夢の国における猫の拠点となっている。

「ダイラス・リーン」
ウルタールから徒歩七日、スカイ河を下った南の海岸にある港湾都市。
玄武岩で築かれた黒塔が林立しており、夢の国の様々な土地から船乗りが集まってくる。
一週間に一度ほど、強烈な悪臭が漂う黒いガレー船がやってきて、口が異様に大きく、額の上に二つのこぶを作った形にターバンを巻いた異様な船員が紅玉を売りつけ、パルグの黄金と黒人を目方で買い入れていく。

「インクアノク」
セレファイスから北へ船で数週間、セレネル海の向かい側にある縞瑪瑙で築かれた都市。
ここには「大地の神々」の血が流れている住人達がおり、その顔にはングラネク山の岩肌に刻まれた顔容の面影がはっきり現れているらしい。
王宮の奥にある巨大なドームには、すべてのシャンタク鳥の始祖が棲んでいると噂されている。

「トゥーラン」
金色燦然たる千の塔を持つ都。
百の城門、二百の小塔を備えた城壁に囲まれ、内側にはさらに壮麗な白い塔が林立している。
セレファイス行きのガリオン船もここから出ている。

「フラニス」
トゥーランから船で一日ほど行ったところにある、セレネル海に面した大交易都市。
職人達の堅実な仕事ぶりは有名で、旅籠はすべて埠頭近くに密集している。
ここから二日かけてセレネル海を横断すると、セレファイスのあるオオス=ナルガイの地に辿り着く。

「バハルナ」
ダイラス・リーンから南方海上を十日ほど南下したところにあるオリアブ島の港町。
段造りの通りには建築物を結ぶ橋や建築物そのものがアーチによって掛け渡されている。
町全体を貫く大運河は、内陸のヤス湖に繋がっている。

「サルナス」
大昔にムナールの地に存在したとされる強大な鉱業都市。
全盛期には五千万を数える民が居住する大都市に発展し、ムナール全土のみならず近隣の土地をも支配する、世界の驚異とまで言われた。
その栄華は千年に及んだが、サルナスに滅ぼされたイブという町の先住生物の呪いにより一夜にして滅亡し、都全体がムナール湖に水没してしまったという。
現在、サルナスの跡地には、緑色の蜥蜴が這いまわる湿地帯が広がるばかりである。

「イレク=ヴァド」
顎鬚をたくわえ鰭を備えるノオリ族が奇妙な迷宮をつくりあげているという黄昏の海を見はるかす、なかがうつろなガラスでできた崖の頂に広がる小塔建ちならぶ伝説の都。
その蛋白石の玉座にはランドルフ・カーターが就いている。


■人物

「ランドルフ・カーター」
イレク=ヴァドの王。熟練した至高の「夢見る人」で、大地の神々をも魅了した壮麗きわだかな夕映の都を創造した。それがイレク=ヴァドであるという説もある。
数多くの猫と友好関係にあり、ウルタールの猫達から慕われている。
覚醒世界においてはボストン在住の夢想家だった。時空を超える不思議な「銀の鍵」を持つ。
未知なるカダスの居城に辿り着いたただ一人の人物。

「クラネス」
セレファイスとセラニアンを統治し、オオス=ナルガイ近隣の領域を支配する王。
二つの美都とオオス=ナルガイの谷を夢で創造したのは彼である。
熟練した「夢見る人」で、覚醒世界ではカーターと交友のあるロンドン在住の人間だった。
クラネスは夢の国での名前であり、本名は不明。
地球の夢の国以外の夢の国へと向かい、発狂せず生還したただ一人の人物。

「アタル」
ウルタールに住む年老いた神官。優に三世紀の時を生きている。
かつて賢人バルザイの弟子である若き神官であった頃、バルザイに伴われて禁断の霊峰ハテグ=クラに登って生還した人物。

「バルザイ」
数百年前にウルタールに住んでいた老人で、多くの秘儀や知識に精通した賢人。
自身の知を誇るあまり、大地の神々の姿を眼にするため弟子のアタルを連れてハテグ=クラ山を目指した。
山頂に到達して大地の神々の姿を眼にしたが、居合わせた蕃神らに見つかり、生きて帰還することはなかった。
アブドゥル・アルハザードの著する『ネクロノミコン』の記述によれば、バルザイはハテグ=クラの山頂で「バルザイの堰月刀」という名の神剣を鍛えたとされている。

「イラノン」
美の都アイラを目指して旅を続ける漂白の吟遊詩人。
イラノンの言によると彼はアイラの王子であり、再びアイラに帰還したいのだという。
紫のローブを纏った美しい青年で、数十年の歳月を経ても容姿に変化はなかった。
やがてある場所で彼はアイラと自身の真実を知り、夢と生涯に終わりを告げることとなった。

「ナシュト&カマン=ター」
焔の洞窟にいる神官。顎鬚をたくわえ頭に古代エジプトの二重冠をいただく。
幻夢境へ通ずる道の門番的役割を果たしており、不注意な夢見る人をシャットアウトしている。
夢の国を訪れるための知識と精神力を二人に認められると、別れの祝福を受けて見送られる。


■生物・その他

「大地の神々(大いなるもの)」
夢の国を支配する穏健たる地球の神々。未知なるカダスの縞瑪瑙の居城に住まっている。
長く細い目、耳朶の長い耳、薄い鼻、とがった顎を持つ美しい人間の容姿をしているという。
神とはいっても「旧支配者」や「外なる神」ほどの力は有していない。
蕃神たちの賛助を受け、ナイアーラトテップとノーデンスの庇護下に置かれているが、その理由は不明である。

「双頭の守り」
インクアノク北方の山脈にそびえ立つ、三角形の丈高い司教冠を被る双頭の怪物の姿をした彫像山脈。
想像を絶する巨大な歩哨で、その恐るべき全長は数千フィートにものぼる。
カダスを目指す者には圧倒的な恐怖を伴って妨害の鉄槌を下すだろう。

「ナイトゴーント(夜鬼)」
ングラネク山をはじめ、夢の国の各地に群れ集まって棲息している痩せこけた体躯の漆黒の魔物 。
なめらかなゴム状の肌、物音一つ立てない蝙蝠の如き翼、先端の尖った角と尾をしており、顔はのっぺらぼう。
ノーデンスに仕えており、ングラネク山を好奇心に溢れた人間から守護している。
夜鬼は基本的に捕らえた者を自ら殺傷することはせず、ナスの谷間に運んでドール族に始末を任せるという。
食屍鬼たちとは奇妙に友好的な同盟関係を結んでいる。

「シャンタク鳥」
全身を鱗で鎧い、馬のような頭部を持つ、象よりも巨大な忌まわしき鳥。
ナイアーラトテップと「外なる神」に仕えており、その崇拝者であれば乗り物として使うことも可能。
夜鬼が天敵で、その姿を見ただけで恐怖に駆られて逃げ出してしまう。

「ガグ」
魔法の森の地下世界に洞窟都市を築く悍ましい怪物。
頭の上から下まで垂直に裂けた口、肘から先が二本に分かれた腕を持つ奇怪な巨人で、全長は七 メートル以上ある。声を持たず、顔の表情などで互いに意思疎通する。
かつては地上に住んでいたが、蕃神とナイアーラトテップを信奉して行った儀式の忌まわしさが 大地の神々の怒りに触れ、地下へと追放された。
好物は夢見る人だが、地下世界にいる現在はガーストで我慢している。

「ガースト」
額も鼻もないが妙に人間に似た顔をした子馬ほどの生物。
ガグの都市に接したジンの地下室に棲んでおり、主にガグの食料となっているが、たまに集団で隙を見せたガグを餌食にすることもある。
とにかく雑食で、人間や食屍鬼にも平然と襲いかかり、肉を喜んで食べる。

「食屍鬼」
犬を思わせる顔立ちとゴムのような弾力性のある硬い肌、鉤爪を備えた手を持つ屍肉喰らい。
常に前かがみの姿勢で移動する彼らは、その殆どが堕落し果てた人間の成れの果てである。
食屍鬼の多くは人間であった頃の記憶を多少なりとも残しているため、条件次第では交渉も可能。
覚醒世界においてはカーターと交友があったボストンの天才画家ピックマンは、現在では食屍鬼と化して夢の国に棲んでいる。

「ズーグ」
魔法の森に棲む、小柄で茶色いネズミに似た生物で、鼻の下に小さな触手が生えている。
穴の中に棲んでいることが多く主な餌は菌類だが、肉も好むようである。
人間と同じくらいの知性があり、ズーグ族の言葉を知っていれば交渉することも可能。
力は弱いがずる賢いため、油断すると餌食になることもあるので注意が必要。

「ドール」
ナスの谷に棲息しているという、全長数百メートルにも及ぶミミズに似た巨大な怪物。
青白く粘液に塗れているらしいが、不可視のため姿を見たものはいない。

「ムーン・ビースト」
大きな蟇蛙に似た灰色がかったゼリー状の怪物で、顔の部分にピンク色の多数の触覚を持つ。
ナイアーラトテップの奉仕種族でもあり、根拠地は月の裏側にある居住区だという。
視覚がないかわりに高い知性と徹底的な残忍さを併せ持つ。
レン高原の無人都市サルコマンドを支配し、レンの亜人間たちを隷属させている。

「レンの住人」
蹄のある足、全身を覆う柔毛、小人のような尾を持つ亜人間。
口は大きく頭には二本の角が生えているが、服を着て頭にターバンを巻けば人間と見分けがつかない。
サルコマンドに居住していたが、侵略してきたムーン・ビーストたちの奴隷にされてしまった。
人間に偽装して黒いガレー船に乗って各都市で交易を行い、その利益をムーン・ビーストに貢納している。

「夢の国の地球の猫」
人間並みの知性を持ち、夜になって月が昇ると、月の台地へと跳躍すらできる猫。
彼らは勇猛な戦士でもあり、拠点ともいえるウルタールでは、カーターの友である老いた将軍猫が猫達を統率して、魔法の森のズーグ族や土星の猫といった敵対種族と時折戦争を繰り返している。
猫語を知っていれば猫達と交友を結ぶことも可能。

「土星からの猫」
非常に大きな、複雑な模様をもった小さな宝石の塊で形成された、猫に似ていると言えなくもない生物。
地球の猫達と不倶戴天の関係にあり、よく月の裏側で激しい戦いを繰り広げている。
ムーン・ビーストたちとは協定を結んでおり、地球の猫に対して共同戦線を張っている。


■土地・場所

「カダス」
レンの遥か北方、凍てつく荒野の果てにある未知なる伝説の地。
黒々とした途方もなき山の、宇宙にまで突き抜けた頂には、大地の神々が住まう縞瑪瑙の城が聳えている。
そこを訪れることができた人間はランドルフ・カーターただ一人である。

「レン高原」
インクアノクの背後に広がる灰色の山脈を超えた場所に広がる不毛の地。
凍てつく荒野であるレンの台地の頂には、夢の国でも伝説上の存在である、ずんぐりとした無窓の石造りの修道院が建っており、その奥では絹の覆面をつけた名状しがたい大神官が一人でナイ アーラトテップと蕃神たちに冒涜的な祈りを捧げているという。

「ングラネク山」
オリアブ島の港町バハルナから縞馬を駆って二日の距離のところにある、標高一万メートルほどの休火山。
北側の麓では溶岩採集者が作業している。
南側の山腹には大地の神々の顔容が刻まれているというが、不用意に近づいた人間は夜鬼達に捕らえられて連れ去られ、ナスの谷間へ置き去りにされてしまう。

「ハテグ=クラ」
ハテグの奥の石の荒野の彼方にあるという禁断の霊峰。
かつて大地の神々はこの山を住処としていたが、好奇心旺盛な人間から身を隠すため、ングラネク山に自らの顔容を残して未知なるカダスに移り住んだという。
現在では大地の神々は、月の輝く夜になると雲の船に乗ってハテグ=クラの山頂に降り立ち、往時のやり方で舞い踊りを愉しむらしい。

「ナスの谷」
地底世界内部のトゥーク山脈にある巨大な谷で、ドール族が棲んでいる。
近くの谷山には食屍鬼たちが棲んでおり、ナスの谷間をゴミ捨て場として利用している。
ここには覚醒世界との接点があり、食屍鬼たちはそこから現実世界に侵入して墓場荒らしを行う。

「ガグの街」
ガグの住処である、巨大な石柱が立ち並ぶ地底都市。
中央にあるコスの塔の最上部には魔法の森に通じる石蓋があるが、追放の身の上であるガグが地上に出ることはない。
ガグの都市に隣接した場所に、ガーストの巣であるズィンの窖がある。

「魔法の森」
深き眠りの門を抜けた先に広がる大きな森。「夢見る人」にとってはスタート地点。
曲がりくねった樫の樹々と燐光を放つ菌類でできており、ズーグ族をはじめとする生物が暮らしている。
森の中央には木の生えていない空き地があり、巨大な環状列石がある。
そこはかつてガグたちが忌まわしき儀式を行った場所らしい。

「レリオン」
魔法の森を抜けた先にある安らかな土地。
草ぶき屋根の農家が点在し、耕作地や生垣が四方に広がっている。
ここからスカイ河に沿ってニルの大通りを進むとウルタールに辿り着く。

「オオス=ナルガイ」
フラニスから二日かけてセレネル海を横断した所にある地。
タナール丘陵の彼方に存在する渓谷で、光の都セレファイスがある。

「ムナール」
エルダーサインを刻む灰白色の石の産地として知られている地域。
かつてムナール湖畔の貴金属の鉱床がある辺りに、サルナスという都市が千年も栄えたが、先住生物の呪いにより一夜にして滅亡したという。

「月」
表側には、まともな神を称えるものとは思えない神殿の廃墟がある。
裏側にはムーン・ビーストの本拠地があるほか、地球の猫達が密かに訪れる秘密の領域が存在する。
土星からの猫達も裏側を好んで訪れるため、両者はたびたび激突しているという。


※参考文献
ラヴクラフト全集6(東京創元社)
図解クトゥルフ神話(新紀元社)
クトゥルフ・ハンドブック(ホビージャパン)
クトゥルフ神話図説(ホビージャパン)
暗黒の邪神世界・クトゥルー神話大全(Gakken)
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